高度医療人育成制度による留学について

 留学前、私は病理医として日々患者さんの診療に関わっていました。病理診断は患者さんの治療に直結する重要な位置付けにありますが、診断に難渋するケースに度々遭遇します。病理専門医の資格を取得した後もそのような難しい症例を経験する度に、さらに高い専門性を身に付けたいと思っていました。そのような中、国際学会で発表を行った際に、幸運にも海外留学への道が開かれました。

 一年目に留学したシーダーズ・サイナイ医療センターはビバリーヒルズにある約900床の病院で、西海岸特有の温暖で快適な気候と安全な立地で、大変恵まれた環境にありました。所属先の病理・臨床検査部門は50名以上の医師が所属する大所帯で、さらに25名のレジデントやフェローが研修を行いながら診断業務にあたっていました。各医師は臓器・分野別に高度の専門的な知識を有し、そこで学ぶことにより効率よく幅広い臓器の診断技術を獲得できる体制が整っており、数名のみの病理医体制で全臓器を担当するという日本の診断システムとは大きく異なっていることに驚かされました。私は渡米前に腎腫瘍の解析を行っていたこともあり、泌尿器系腫瘍病理の世界的権威の一人であるDr. Mahul Aminの指導を受けながら、臓器専門性の高い病理診断技術を学ぶ機会を得ました。指導医は高いレベルの病理診断結果や教育システムを世界に発信しているため、世界中から集まった豊富で質の高い症例を数多く経験することができました。丁度、泌尿器系腫瘍のWHO分類や診断病理の教科書、AJCC分類(TNM病期分類)などの改訂作業にも関わられていたため、最新の知見に関しても学ぶことができ、非常に刺激に満ち溢れた日々を過ごすことができました。また、留学施設では病院の方針として診断と同等に研究も重視されているため、積極的に症例の集積・解析・発表が行われていました。私は、高悪性度腎癌の国際的多施設研究チームの一員として、腎腫瘍のプロジェクトに参加する機会を得ました。このプロジェクトではいくつかの新しい知見を発表することができましたが、様々な施設の病理医と関わる機会があり、施設・国境を越えて病理医が連携することの大切さも学べました。
二年目は、南カリフォルニア大学に籍を移し、臨床医・腫瘍医・放射線医・病理医などが共同して研究を行う泌尿器系のチームに参加しました。患者さんの治療戦略に貢献しうる病理診断を行う為には、自身の診断技術を高めることはもちろん必要ですが、他分野の医師と協調し連携することの大切さも身を持って体験することができました。臨床医と仕事をする機会が得られたことにより、病理医として幅広い視野をもつことができるようになれたことは大きな収穫でした。

 海外留学は私の病理医としてのキャリアだけでなく、家族皆にとって貴重な経験となりました。医師である夫が希望していた研究室でライフワークとなるテーマを見つけ、切磋琢磨し合える仲間に出会え、娘達は現地の小学校で英語を使ったコミュニケーションを身に着け、様々な言語や文化を持つ友達が沢山できました。海外での子育てを通して私自身が学び成長できた部分は大きかったですし、人生観も大きく変わりました。家族それぞれが言葉の壁を乗り越えて、信頼し合える仲間に出会えたことは大きな財産となっています。
最後になりましたが、常に色々な可能性にチャレンジする機会を与えてくださった恩師、本制度による留学をご支援してくださった臨床病理学講座のスタッフ及び大学関係者の方々に心より御礼申し上げます。