分離肺換気における麻酔法の選択

1. 全身麻酔法の選択(吸入麻酔 vs, TIVA)

理論的には吸入麻酔薬はHPV(低酸素性肺動脈収縮)を抑制し,TIVAは抑制しないことから酸素化の点ではTIVAを選択すべきと言われることも多いが,現実にはどちらを選択してもほとんど差はない.HPVは血流のシフトを起こすものであることを念頭におく必要がある.側臥位では両肺換気時には平均的に下の肺に60%,上の肺に40%の血流が分布するが,一側肺換気では,換気されていない肺の血流は50%程度減少するため,下の肺に80%,上の肺に20%の血流が分布することになる.

1MACのイソフルランはHPVを抑制するためこの血流分布を76%:24%にするため確かに酸素化は悪くなるが,健常肺ではPaO2は295 mmHgから200 mmHg程度に低下するが,管理上十分な酸素化が可能である.一方で,病的肺の場合にはHPVが正常に機能しておらず,従って一側肺換気時の下の肺への血流シフトは少ない.結果としてHPV抑制による酸素化の低下は健常肺よりも小さくなる.このため,酸素化維持が懸念されるような低機能肺では麻酔薬による差はほとんどない状態となるため,どちらの麻酔薬を選択しても臨床的な酸素化の維持という点では大きな差は生じない.

呼吸器外科手術では肺動脈や肺静脈を操作する際の体動は血管損傷を起こす危険性があるため,確実な無動化が必要であり吸入麻酔の方が筋弛緩作用があることを考慮すると吸入麻酔を選択する方が安全とも考えられる.もちろんTIVAでの管理でも十分な鎮痛を得た上で適切に筋弛緩薬を使用すれば体動を生じさせない管理は可能であるから,そのような管理ができるならどちらを選択しても問題はない.なお,PONVの危険性が高い患者ではTIVAを選択した方が良いだろう.

2. 鎮痛法の選択

現在ではVATS下の手術が標準となっており,開胸術よりも術後疼痛は軽減されている.近年のヨーロッパのVATS手術後の術後鎮痛のガイドラインでは傍脊椎ブロックなどの神経ブロックが第1選択とされており,硬膜外鎮痛は選択肢にも出てこない.鎮痛に差は無く,硬膜外麻酔の方が術後の低血圧などの循環系の合併症が多いということが理由とされている.

しかしながら,これはかなりこじつけに近いという感がある.我々の施設では,硬膜外麻酔を第1選択とし,止血凝固系に異常がある(抗凝固薬,抗血小板薬を中断できない,もしくは早期に再開する必要がある)場合には傍脊椎ブロック,もしくはフェンタニルの持続静注を行うように選択している.一口に硬膜外麻酔(鎮痛)と言っても,使用するオピオイドの種類や量,局所麻酔薬の種類や量によって循環系の合併症を最小限に留めることが可能である.純粋に鎮痛の質から言えば硬膜外に勝るものは無く,神経ブロックの場合には補助的にオピオイドの静脈内投与やアセトアミノフェンの定時投与などを必要とするが,硬膜外麻酔の場合にはこのような補助薬の使用はほとんど必要ない程度に鎮痛効果を得ることが可能である.ガイドラインはご神託ではない.