1. 気管腫瘍および悪性腫瘍の気管浸潤の治療
頻度は低いが気管の原発腫瘍や,気管周囲組織の悪性腫瘍の気管への浸潤があるようなケースで,根治性がある場合には気管の一部を切除して端々を吻合するという手術が行われる.このような手術では気管を切離し,腫瘍部分を切除して,気管を端々吻合するまでの間の換気をどのように維持するかが問題となる.また腫瘍の位置によって使用できる気管チューブが異なってくるので,腫瘍の前後にどのくらい正常な気管が存在するかを知っておくことが重要である.
この疾患の管理にはカフ長の短い気管チューブが必要であるので,状況によってこのような特殊チューブの準備が必要である.現在入手できるチューブのうちで最もカフ長が短いのは富士システム社が販売している40 cmのロングの螺旋入りチューブである.このチューブのカフ長は1.0 cm程度であり,カフから先の部分も短い.
また,切除した気管軟骨輪の数(気管の長さ)にもよるが術後も一定期間前屈位を保持する必要があり術後管理にも注意を要する.
[図1]富士システム社製の40 cm螺旋入り気管チューブ(カタログより引用)
2. 気管切除時の呼吸管理
気道狭窄が軽度である場合には気管切除および再建時のみが問題となるが,気道狭窄が高度の場合には巨大前縦隔腫瘍の管理と同様に換気の可能性について十分に検討した上で手術に臨む必要がある.状況に応じてPCPSやECMOと言った補助循環が必要になることもある.
また,気管腫瘍の場合には腫瘍の存在している部位によってそれぞれ考慮すべきポイントが異なってくる.
2-1. 気管腫瘍が声門に近い部位に存在する場合
腫瘍が声門近傍に限局している場合にはその末梢側で気管切開が行えるなら先に気管切開を置けば大きな問題はない.また,喉頭全摘も合わせて必要な場合には麻酔科的には通常の管理で良い.図2は気管に浸潤した甲状腺癌である.このケースは術野挿管で管理した.
[図2] 甲状腺癌の気管浸潤
しかしながら末梢側で気管切開が行えない場合で,なおかつ気管チューブを狭窄部の末梢まで挿入できる可能性が低い場合には麻酔導入前から補助循環を行う必要がある.気管チューブが通せると予測された場合には,最も確実なのは表面麻酔をしっかり効かせて浅い鎮静下に気管支ファイバースコープ(FOB)をガイドとして気管チューブを狭窄部の末梢まで誘導する方法である.もしくはプロポフォールをTCIポンプで投与し,徐々に効果部位濃度を上昇させながら調節呼吸への以降を試み,可能であればチューブ先端が声門を超えたところからFOBで観察しながらチューブを狭窄部の末梢側まで進める.
気管チューブが狭窄部の末梢側まで挿入できたら,後は気管切除時にチューブエクスチェンジャー(14Fr)を気管チューブに入れて気管チューブは抜管し,高頻度ジェット換気(HFJV)を行うか,もしくは先に気管チューブを抜管して,腫瘍よりも末梢側で気管を離断し,そこに術野挿管してもらいこれに呼吸回路を接続して換気する.HFJVで管理した場合には腫瘍を含む気管を切除し,気管吻合が終了するまで,そのままHFJVで管理する.そして吻合が終了した段階で,チューブエクスチェンジャーをガイドにして気管チューブを再挿管し,カフが吻合部よりも末梢に入るようにする.術野挿管した場合には,気管の膜様部が吻合された段階で,術野挿管していたチューブを抜いて,経口的に気管挿管してカフが吻合部よりも末梢まで進むようにして固定して換気を開始する.
2-2. 気管腫瘍が気管の中央部に存在する場合
[図3] 気管のほぼ中央部に存在する気管腫瘍
この場合が最も管理しやすい.先と同様に気道狭窄が高度の場合には補助循環に頼らざるを得ない.図3は気管のほぼ中央部に存在する気管腫瘍である.胸部レントゲンではとく見ないと腫瘍に気付かないが,CT画像ではその存在がはっきり分かる.
そうでない場合にはまず,狭窄部の手前に気管チューブ先端を置いてそこで換気する.HFJVで管理する場合には2-1.の場合と同様にチューブエクスチェンジャーを狭窄部の末梢側まで挿入しHFJVで換気しながら気管を切除し吻合するまでこれで管理する.HFJVを使用しない場合も2-1.と同様で,術野挿管して,吻合前に気管挿管をやり直す.
2-3. 気管腫瘍が気管分岐部近傍に存在する場合
[図4] 気管分岐部に近い位置に存在する気管腫瘍
麻酔導入時の対応は2-2.と同様である.
問題は気管を切除して吻合するまでの間,およびそれ以降の呼吸管理である.末梢側の気管断端から気管分岐部までの距離がわずかしかない場合にはここに気管チューブをカフまで入れることができなくなる.またHFJVも距離次第では1つのポートで両肺を換気することが難しいこともある.呼吸機能に問題がない場合には,HFJVを左肺のみに適用する,もしくは術野挿管を左主気管支に行い,左肺だけで換気することを考慮する.この際には10度程度でも良いから左側にベッドを傾けると酸素化が維持しやすい.吻合終了後にも左の片肺換気で維持するかどうかは術者と相談して決めておけば良い.気管チューブを吻合部の手前まで引いて両肺換気する方法もあるが,吻合部への負荷を最小限にするためには換気量を減らすことも考慮すべきである.このあたりは施設によって管理方針が異なるものと思われる.
図4は気管分岐部の近傍に存在する気管腫瘍である.このケースはなんとかHFJVで管理できた.
3. 術後管理
術直後に抜管するか,しばらく挿管のまま鎮静しておくか,どのような方針にするかに関しても術者との相談で決めれば良い.切除気管が長い場合には長期の安静が必要になることもあるだろう.MGHの麻酔マニュアルには下顎と前胸部を太い糸で縫合して後屈できないようにする,と言うことが書かれているがそれで済む話ではないと思われる.ギプスやマジックベッドで固定してしばらく創部の安静を図るのが一般的かと思われる.