目次
II. FOBを用いた観察
II-1. 喉頭
II-2. 気管
II-3. 右主気管支
II-4. 右上葉気管支
II-5. 中間気管支幹
II-6. 右中葉気管支
II-7. 右下葉気管支
II-8. 左主気管支
II-9. 左上葉気管支
II-10. 左下葉気管支
I. 気管支ファイバースコープ(FOB)の操作
I-1. FOBの操作
[図I-1] ファイバースコープに関して
内科医や外科医がFOB(fiberoptic broncoscopy)を操作する場合には通常図I-1(a)の写真のように左手でスコープを操作する.これは右手で鉗子などを操作することがあるためである.しかしながら麻酔科医が鉗子操作をすることは非常に稀であるから,麻酔科医の場合には気管支ファイバースコープは右手で操作した方がよいと考えている.利手の方が細かな操作が行いやすいからである.特にFOB下挿管の場合には細かな操作が必要であるから利手で操作する方がよい.親指でUP-DOWN用のレバーを操作し,示指で吸引ボタンを操作する.図I-1(a)のレバーの部分に書かれているようにUP-DOWNレバーを押し下げる方向がUPの方向である.
I-2. FOBの操作上の注意点
1. FOBの視野内に作られている目印のマークの方向がUPの方向である[図I-1(b)].つまり,FOBの手元のレバーをUPに進めた時に見えていく方向を示している.また,通常FOBの構造としてUPとDOWNでは曲がる角度に差があり,UP方向の方がより大きく曲がるように作られている.[図I-1(c),(d)]
2. FOBはこのUPとDOWNという上下方向にしか動かない.従ってFOBを目的の方向に進めるには,まず目的の方向とUP-DOWNの動く方向が平行になるようにかつUPが目的の方向を向くようにFOBを回転させ,その次にUPレバーを調整して目的の視野を得るようにしなければならない.稀にはFOBのたわみ具合などによりDOWNの方向でなければうまく目的の視野が得られにくいこともある.このような場合にはDOWNの方向で調整してもよい.
3. FOBの視野角は120-130度程度である.従って前方向はよく見えるものの側方の視野は思っている以上に狭い.側方にあるものを見る場合にはFOBの先端をその方向に振らなければ視認することは難しい.
I-3. FOBのサイズ
FOBには新生児・小児用の2.0-2.5mm径程度のもの,小児用の3.0-4.0mm径程度のもの,4.5-5.0mm径,6.0mm径程度のサイズのものがある.2.0mm径前後のものには操作用のチャンネルがなく,吸引操作や鉗子による操作はできない.
サイズが大きいもの程操作用視野も広く,チャンネルの径も大きく種々の処置が行いやすい.採痰の場合には可能であれば処置用の6.0mm径のものが望ましい.
ダブルルーメンチューブを用いて分離肺換気を行う場合,39Frおよび41Frのチューブの場合には4.9mm径程度のサイズのFOBが使用可能であるが,35Frおよび37Frサイズの場合には3.0-3.5mm径のものしか使用できない.32Frの場合にはかろうじて3.5mm径のものが使用可能であるが,十分な潤滑剤が必要である.また,チューブ内に血液などが付着した場合には3.5mm径のものでも使用が困難になる場合がある.FOBがスムースに操作できない場合にはFOB検査時に気管内チューブの位置がずれてしまう危険性があるため細心の注意が必要である.32Frの場合には3.0mm径程度の細い目のものを使用すべきである.28Frサイズ以下のダブルルーメンチューブの場合には新生児用の極細のFOBしか使用できないだけでなく,観察時には換気ができなくなるため低酸素血症になるまでの短い時間で観察やチューブの位置決めをする必要がある.FOBの操作に熟練していなければこのような小径のDLTを扱うことは難しい.
II. FOBを用いた観察
麻酔科医がFOBを使用する主な目的は以下の3つである.
- 肺手術時の特殊チューブの位置決めや気管支ブロッカーなどの操作
- 挿管困難症に対するFOBガイド下挿管
- 喀痰吸引や無気肺の解除など
ここではまず,FOBガイド下挿管のために必要な知識をまとめ,続いて肺手術時に必要となる気管・気管支の解剖に関して解説する.
肺手術では,肺葉切除術や肺全摘術だけでなく肺区域切除術が施行されることもある.このような場合には外科医から区域気管支の同定を依頼される場合もある.外科医からの要望に応えられるだけの知識を身に付けておきたいものである.
II-1-1. 喉頭の観察とFOBガイド下挿管
FOBガイド下挿管のためには喉頭の観察法およびFOBそのものの操作法に熟練が必要である.挿管困難症例でいきなりFOBの使用を試みても簡単に挿管できる訳ではない.時間を設けて通常の症例の時にトレーニングしておくことをお奨めする.FOBの操作は 麻酔科医(特に指導医クラス)にとっては必須の技術であると考えている.
[図II-1] 喉頭の構造
一般的には喉頭の観察は経鼻的に行う方が経口的に行うよりも容易である.これはFOBの進む道筋からみて全体のオリエンテーションが付きやすいからである.また,気管内チューブを挿入する際にも角度的に経鼻の方が進みやすい.しかしながら経鼻挿管の場合には鼻出血を来たし,その後の操作を難しくしてしまう可能性もあるため,私自身は口からアプローチが可能である(口から気管内チューブを通すことが可能である)限り経口のFOBガイド下挿管を行っている.
先に述べたように経口の場合には舌をうまくよけておかないとオリエンテーションが付きにくい欠点がある.1つの方策として経口もしくは経鼻エアウェイを挿入しておくと喉頭の方向が分かるだけでなく舌根が持ち上げられることによって咽頭のスペースを作ることが可能である.万一喉頭のスペースがほとんどない場合でも経鼻エアウェイに沿ってFOBを進めれば喉頭まで辿り着けるのである.ある程度の開口が可能である場合には川西市民病院の上杉先生が開発されたDAMS Tulip-i(泉工医科工業が販売)を使用すると良い.この器具は喉頭までの道筋を示してくれるだけでなく経口エアウェイの役割を果たすためマスク換気を容易にしてくれると言う利点がある.特に喉頭蓋が翻転しないような後屈不能の患者においてこのデバイスは喉頭蓋を挙上してくれるため有用性が高い.
[図II-2] バーマンエアウエイIP(バーマンエアウェイT)
かつてはバーマンエアウェイT(東機貿)と言うファイバースコープガイド下挿管に有用な器具が販売されていたが販売中止になっていた.現在ではGE社がバーマンエアウェイIPと言う名前で同じ製品を販売している(図II-2).バーマンエアウェイIPには8cm, 9cm, 10cmの3つのサイズがあり,患者の気道にあわせて,適切なサイズのものを選ぶとよい.通常女性では8cm,小柄な男性では9cm,体格の大きな患者の場合には10cmと言うところであろうか.バーマンエアウェイIPもしくは広島大学の讃岐先生が開発されたサヌサピアンエアウェイがFOBガイド下挿管には有用である.
さて,FOBガイド下挿管には熟練を要するが,いくつかのコツを知っておくと比較的簡単に行える.
- 適切にベッドの高さを調整しFOB操作時にファイバーが必要以上に弛まないように注意する.ファイバーに弛みが生じるとFOBに捻じれを生むことになり,結果としてUP-DOWN平面が矢状面からずれてしまうことになる.
- FOBのUP-DOWN平面を患者の正中矢状面と一致させるようにうまくFOBを保持する.これによりUPレバーを操作した時に視野が正しくUP方向を向くようになると同時にUP-DOWNを行っても正しく正中を保持できるようになる.
- 分泌物が多い時にはFOBを使用せず,吸引チューブで口腔内を吸引する.FOBの操作用チャンネルよりも吸引チューブの径の方が太いため吸引が容易である.
- 下顎の挙上は重要であり,熟練すれば介助者なしでも左の小指で患者の下顎を持ち上げながら操作できるようになる.この際には上述のバーマンエアウェイやサヌサピアンを使用する.これらがない場合には他のエアウェイもしくはバイトブロックを用いて下顎を挙上してもある程度の開口が保てるように工夫する.
- FOB先端を粘膜などに当てないように操作する.常に空間の中に(周囲が見えるように)FOB先端を置く努力をする.
- どうしても誘導が困難である場合には手術室の照明を暗くしてFOBの光の方向を透かして観察するとおおよそのFOBの向きが推定できる.
意識下にFOBガイド下挿管を行う場合の最大のポイントは表面麻酔である.慌てずに少しずつリドカインを撒布していけば最小限度の鎮静のみで円滑に手技を進めることが可能である.ジャクソン式噴霧器やネブライザーを使用して4%リドカインを吸入させておけば,咳反射も十分抑制可能である.上喉頭神経ブロックを行うこともひとつの手段であるが,私自身は必要としたことはない.鎮静薬を使用する場合には十分時間を置きながら注意深くtitrationしなければならない.
なお,ASAのdifficult airwayのアルゴリズムからは外れるが,私は通常TCIポンプを用いてプロポフォールの濃度を少しずつ上昇させながら補助換気から調節換気への移行を試み,それが可能であれば全身麻酔下にFOBガイド下挿管を行い,もし調節呼吸への意向が困難であった場合には一度覚醒させてから覚醒下のFOBガイド下挿管を行うと言う戦略を取っている.全身麻酔下のFOBガイド下挿管は熟練すれば20-30秒以内に挿管を完了することが可能となる.自発呼吸を止めれば声門の通過は容易である.ただし,非常にオリエンテーションの付きにくい症例では自発呼吸を残した方が声門の位置を確認しやすいことを知っておくべきである.従って他の方にこの方法をお奨めしている訳ではない.
経口でFOBガイド下挿管を行う場合,時としてFOBはうまく気管内に挿入できたものの気管内チューブが披裂軟骨や喉頭蓋に邪魔されてうまく気管内に進められない場合がある.このような場合には気管内チューブを反時計廻りに90度回転させてやるとよい.もしくは指を喉頭まで挿入してチューブを誘導するとよい.無理にチューブを押し込もうとするとFOBを損傷してしまう可能性もあるため注意しなければならない.もしくは,パーカー式チューブを使うのもよい.また,あらかじめ気管支ファイバースコープの外径と気管チューブの内径に大きな差ができないようにFOBと気管チューブのサイズを決めておくことも重要である.成人なら6mm径のFOBに7.0mmもしくは7.5mmくらいの内径の気管チューブを組み合わせるとよい.3.5-4.0mm径程度の細径のファイバースコープを用いる場合には特にチューブを進める時にファイバースコープを損傷しやすいので注意すること.
最近はFOB越しにチューブを進めるのではなく,テルモ社製のガイドワイヤ(ラジフォーカス)を気管内に進め,これをガイドにしてGEB(ガムエラスティックブジー)とチューブを進めるようにしている.この方法だとGEBに適度の強度があるためチューブも進め易いし,FOBを痛めることもない.(2009年の日本臨床麻酔学会で発表)
後屈が可能である場合には下顎挙上によって多くの場合喉頭蓋は咽頭後壁から離れて隙間ができるため喉頭蓋の下にFOBを潜り込ませることが可能である.反対に,FOBガイド下挿管で最も手を焼くのは後屈困難などの理由で喉頭蓋が咽頭後壁に密着していて,喉頭蓋の下にFOB先端を進められない場合である.このようなケースへの対応法はいくつかある.
II-1-1-1. DMAS Tulip-iの利用
[図II-3] DAMS Tulip-iの概要
DMAS Tulip-iは川西市民病院麻酔科の上杉先生が考案されたFOBガイド下挿管を支援するエアウェイ兼ファイバーイントロデューサーと言うべき器具である.挿入を補助するイントロデューサーと共に口腔内に入れてLMAと似たような操作で先端が喉頭まで進み抵抗を感じるまで挿入する.DAMS Tulip-iはそれ自体が経口エアウェイの役割を果たすためこれを挿入したままでマスク換気を行うことが可能である.換気さえ確保できていれば慌てる必要は無く挿管操作を繰り返すことも可能である.
[図II-4] DAMS Tulip-iを使用したFOBガイド下挿管
プロポフォールをTCIポンプを用いて投与し,意識が無くなって少しの辺りでDAMS Tulip-iを挿入する.このままでマスク換気は可能であるのでさらに調節呼吸に以降し,その後FOBガイド下挿管を行なっている.
[図II-5] DAMS Tulip-iを使用したFOBガイド下挿管中のFOB画像
図II-5はDAMS Tulip-iを挿入後FOBガイド下挿管を行なった際のFOB画像である.この画像は挿管困難への対応のページに掲載した頚椎が固定されている患者に挿管した時のものである.(a)はFOBを挿入したところである.口唇が見えている.(b)は舌の下を進んでいるところである.DAMS Tulip-iの中央の溝に沿ってFOBを進めて行けば喉頭まで辿りつける.DAMS Tulip-iが適切な位置に挿入されていればTulipの溝の先にあるブリッジの直ぐ向こうに披裂軟骨が見える(図II-5(c)).ここでFOBにupを掛ければ声門が視認できる(図II-5(d)).FOBを進めながら視野の中央に声門が来るように少しdownを掛けながらFOBをさらに進めれば気管内に入る.もしも(c)の段階で喉頭蓋がロール状になって押し込まれていた場合には一度DAMS Tulip-iを1-1.5cmくらい引いてから再度進めると喉頭蓋の巻き込みが改善される(上杉先生より).
II-1-2. FOBガイド下挿管の練習方法
FOBガイド下挿管は挿管困難に対して最も有用な手段であるが,残念ながら指導医クラスであっても必ずしも熟達しているわけではない.その最大の理由は練習する機会がほとんどないことにあると思われる.
我々の施設では近年,研修医や若手麻酔科医に対して積極的にFOBガイド下挿管のトレーニングを行っている.肺手術ではFOBは必ず使用するため,肺手術の気管挿管前にFOBを気管内まで誘導するトレーニングを行っているのである.
[図II-6] 一般的なエアウェイ
この際にはビデオカメラを用いてFOBの視野を共有し,FOBを進める方向などを適宜指示している.また,トレーニングにはバーマンエアウェイ(図II-6(a))を用いている.この方法の利点は舌根沈下を防いで視野が確保できる点と,喉頭の方向に対するオリエンテーションが付きやすいことである.我々のトレーニングはあくまで麻酔導入後に挿管困難が判明した場合の全身麻酔下の経口ファイバースコープガイド下挿管を想定している.以下にバーマンエアウェイを用いた経口FOBガイド下挿管の画像を示す.なお練習ではFOBを気管内まで誘導するのみで実際のチューブの挿入は行なっていない.また,介助者がいる場合には介助者が下顎を軽く挙上させると喉頭蓋が咽頭後壁から離れるため声帯が見やすくなる.
FOBを使用する症例では可能な限り我々が行っているような方法でFOBガイド下挿管のトレーニングを行うことをお薦めする.所用時間は長くても5分も掛からない.適切な練習さえ行えばFOBガイド下挿管は決して難易度の高い手技ではない.
バーマンエアウェイを挿入することにより,マスク換気も容易になることも重要なポイントである.気道確保困難症例においてはマスク換気さえ維持できれば患者を危機的状況に追いやる危険性はない.麻酔科医はエアウェイの重要性をもっと認識しておくべきであると筆者は考えている.
[図II-7] FOBからみた口腔から喉頭,気管内までの光景
図II-7はバーマンエアウェイを挿入してFOBガイド下挿管を行なった時の口腔から気管内までの光景を順に示している.(a)は口腔内でバーマンエアウェイを横に舌を上に見ているところである.バーマンエアウェイを左側に見ながら進んでいくと(b)のように舌とエアウェイの隙間が見える.この隙間を視野の真ん中に来るように調整しながら進むと(c)のようにその奥に喉頭蓋の先端が見えてくる.さらに喉頭蓋の前まで進む.(d)→(e)では下顎の挙上を行なっている.これにより喉頭蓋は咽頭後壁から持ち上がっている(写真では分泌物が膜状になっているが).吸引後喉頭蓋の下まで進んだのが(f)である.声門に近づくと(g)のようになり,ここで少しDOWNを掛けると(h)のように気管が目視できる.(i)のように気管分岐部近くまでFOBを進め,ここで気管チューブを挿入し,FOBで気管内にチューブが来ていることを確認し,深さが調節できれば完了である.はじめての研修医でも1-2分程度で手技が行えている.練習を重ねれば10-20秒程度で行えるようになる.純酸素で換気しておけばこの程度の時間の無換気は全く問題とならない.実戦では,上述のバーマンエアウェイIPの適切なサイズのものを選んで使用すれば10-20秒でFOBガイド下挿管が可能になる.