挿管困難への対応

はじめに

挿管困難は気管挿管により気道管理を行う上でひとつの大きな問題である.ここでは声門よりも口側になんらかの問題があり気道管理上問題となるような症例に対する対応について述べる.

1.挿管困難の予測

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[図1] 各種疾患に伴う小顎症

挿管困難の可能性を前もって予想することは,挿管困難症例に対応する第1歩である.肥満,猪首,頚部運動制限(ハローベスト装着患者,熱傷後瘢痕,脊椎症など),開口制限、小下顎症(Treacher-Cholins症候群,Goldenhar症候群,Pierre-Robin症候群),巨舌症,歯牙変形,門歯突出,口腔内腫瘍,甲状腺腫瘍,喉頭狭窄は挿管困難の危険因子とされている.特にTreacher-Cholins症候群には注意が必要である.
図1は各種疾患による小顎症患者の写真である.(b),(c)はGolderhar症候群の患者である.いずれもマスク保持が難しかった.(c)はBullard型喉頭鏡で挿管できた.(d)はPierre-Robin症候群の患者である.

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[図2] 慢性関節リウマチでC0-2が固定されている患者

慢性関節リウマチで図2のように頚椎が固定されている患者の挿管は非常に困難である.この状態では下顎挙上が行えず,ファイバースコープ(FOB)ガイド下挿管をトライしても喉頭蓋が咽頭後壁に接していて持ち上がらず,声門を直視できないことが多い.このような症例は座位で挿管を試みるか,もしくはDAMS Tulip-iと言うエアウェイを用いるのが良い.


挿管困難症例における気道管理

 

1. 気管挿管は必要か?

まず第1に該当の手術が気管挿管による気道管理が必要かどうかという点である.当然のことながら避けられる場合にはそういった麻酔管理(例えばブロックなどの自発呼吸下での管理)を選択する方法もある.ただしこの場合注意すべきは,こういった方法を選択したもののその方法では不十分であったり、手術の都合により途中から気管挿管が必要になる場合もあることである.そのような場合には最初から気管挿管による気道管理をする場合よりも管理上種々の制約が生じていることも多く管理方法の選択には十分な検討が必要である.

気道確保の方法としてフェイスマスクやラリンゲルマスクなどによる方法も考慮にいれてよい.

2. 挿管困難症における気管挿管のアプローチ

挿管困難症への対応には種々の方法があり必ずしもひとつが最もよいとは言い切れない.これは患者側の病態の問題だけでなく麻酔医の持つ技術・その熟達度により対応方法が異なる.気管挿管が必須の症例で一番大切なことは気管挿管を行うまでの気道確保である.フェイスマスク等で補助呼吸や調節呼吸が可能かどうかによりアプローチの方法は大きく異なる.このような補助手段がとれない症例では原則として自発呼吸を止めてはならない.また筋弛緩をかけていない状態では補助呼吸可能でも筋弛緩をかけての調節呼吸が困難な症例も多く存在するため,決して不用意に筋弛緩薬を使用してはならない.使用する場合にもサクシニルコリンのように短時間で作用の無くなる薬剤で様子をみるのがよい.現在であれば少ない目のロクロニウムを使用し,困った時にはスガマデクスでリバースを行うという手もある.


いかにして換気(酸素化)を確保するか

気道確保で避けなければならないのはCICV(Cannot intubate, cannot ventilate)の状態である.挿管できなくても換気できれば患者を危地に追いやることはない.そのための方策を常に念頭に置いておく事が重要である.
1つ目は,経鼻もしくは経口のエアウェイを用いる事である.麻酔導入後の換気困難の多くの原因は舌根沈下であるから,舌を物理的に支えて咽頭腔を開存させる事ができればほとんどの場合マスク換気可能である.小児の場合には適当なサイズの気管チューブを切って経鼻エアウェイの代わりにすると良い.2つ目は谷上らの開発した喉頭換気法を用いることである.成人の場合,気管チューブを経口なら12cm程度,経鼻なら15cm程度挿入してチューブ先端が喉頭の少し手前に位置する程度にして,口と開いている鼻孔を手でふさぎながら気管チューブに呼吸回路を接続して換気する方法である.この方法は小児でも行える.3つ目はLMAやiGelなどのSGAを使用する方法である.特に1番目と2番目の方法は,この状態からFOBガイド下挿管を行うことも出来るので有用であると考えている.DAMのアルゴリズムではあまり強調されていないが,非常に重要なポイントだと考えている.

近年Nasal High Flow(NHF)が非侵襲的呼吸補助法として集中治療領域で利用されているが,Patelらはこれを無呼吸状態に応用しても酸素化が維持できることを報告している.F&P社のTHRIVEを用いると30~60分も無呼吸であってもSpO2が95%以上が維持されたというのである.全ての患者にこれが可能か当科は不明であるが,挿管困難が予期された場合には最初からNHF/THRIVEを使用しておくのも一つの手段であると考えられる.この方法はまた,CPAP様効果が得られることから気道を拡げ,FOBガイド下挿管時の視野を確保できる可能性がある.今後この分野の研究が待たれる.

この他,伊波らは咽頭に細い管を進めてここからHFJVを行うことで酸素化を維持しCICVを回避する方法を報告している.手元にジェットベンチレータがある場合には試してみる価値のある方法だと思われる.


 

ASAにはDificult Airway Algorithm(DAM)があり,系統的にアルゴリズムが構成されている.しかしながら,先に述べたように麻酔医の持つ技術・その熟達度により対応方法が異なるため,一概にどの方法を取るべきか言えるものではない.ラリンゲルマスクの登場によって挿管困難に対する対応が大きく変わったのは事実であり,また近年ではAirway ScopeやMcGRATHなどの挿管用器具が市販され状況は大きく変わりつつある.日本麻酔科学会もJSA-AMA(気道管理アルゴリズム)を作成している.JSA-AMAでは換気状態を基準にGreenゾーン,Yellowゾーン,Redゾーンの3つに区分している.SpO2が十分でも換気が不十分であれば早晩SpO2が低下することが見えているのであるから,この分類は理に適っていると言える.
近年の挿管用器具によって大部分の挿管困難に対応できるようになったといえる.しかしながら開口不能もしくは,わずかしか開口ができないような症例ではやはりファイバースコープ(FOB)ガイド下挿管がベストの方法であることは間違いない.すべての麻酔科医はFOBガイド下挿管に習熟しておくべきである.カメラが付けられるFOBや電子FOBならばモニターを供覧しながらFOBガイド下挿管のトレーニングが可能である.我々の施設ではファイバースコープを使用する症例(肺外科症例など)では気管挿管前に時間を頂いてFOBガイド下挿管のトレーニングを行っている.適切な指導の元では初級者でも1-2分以内にFOBを気管内まで誘導することが可能となる.詳細についてはこちらを参照して頂きたい.

ここでは我々が通常行っている対応方法を示すことにする.なお,実際の対応に当たっては各種ビデオ喉頭鏡やFOBのほかジェットベンチレ−タなども予め身近に準備しておくとよい.様々な状況下で不慮の事態にも慌てず対応できることが大切である.これらの準備はケ−スバイケ−スでよいが以下に準備するとよいと考えられる特殊機材を挙げておく.これらのうち前半は挿管のための器具であり,後半は緊急事態に対する対応用である.備えあれば憂いなし…
最終手段は輪状甲状靱帯穿刺(もしくは切開)であるが,これは非常に侵襲的行為であるから可能な限りこれを回避できる技術を習得しておくべきである.また術前に患者にこのような手段を選択する可能性もあることを説明しておくことも大切である.


  1. Oral or Nasal airway
  2. Jackson式噴霧器(喉頭,咽頭および気管内の表面麻酔用)
  3. 気管支ファイバ−スコ−プ
  4. 各種ビデオ喉頭鏡;Airway Scope,McGRATH,C-Macなど
  5. Gum Elastic Bougie (GEB), [Eschmann Tube Introducer]
  6. High Frequency Jet Ventilator (HFJV)
  7. ラリンゲルマスク (ILMを含む)
  8. 輪状甲状靱帯穿刺キット(ミニトラックもしくはトラヘルパ−等でよい)
  9. 緊急気管切開用セット(注)CIVI時には気管切開は時間的に間に合わない.輪状甲状靱帯穿刺もしくは切開を行うこと
  10. 硬膜外麻酔セット(逆行性挿管用)
  11. トラキライト(現在では入手不能)
  12. コンビチュ−ブ(食道挿管してairwayを確保するチュ−ブ)
  13. Bullard型喉頭鏡,GlideScopeなど挿管困難対応用喉頭鏡

3. 術前から明らかな挿管困難が予測される場合

術前から明らかに挿管困難が予測され患者が協力的であるなら最も確実に気管挿管する方法は覚醒下に対面座位でFOBガイド下挿管を行うことである.この際にはJackson式噴霧器を用いて咽頭喉頭から気管内までをきっちり4%リドカインで表面麻酔することである.通常このような表面麻酔には10-15分程度を要する.しっかりした表面麻酔が施行できれば鎮静はほとんど必要がなくなる.

座位であれば舌根は気道を閉塞しないため,ほぼ間違いなく喉頭までの観察が容易に行える.従ってある程度FOBの操作に慣れていれば容易に気管挿管が可能である.この方法はぜひ覚えておいて頂きたい.
最初に最も安全かつ確実な挿管法を示したが,どのような症例にこの方法を行うかという点に関して判断は難しいと思われる.ASAのDAMアルゴリズムでは術前から挿管困難が予測され患者はawake挿管とされているが,そんな単純な話ではない.技術が伴わなければ患者さんに多大な苦痛をだけでなく,鎮静下で出血させたりすれば気道閉塞してしまうこともある.FOBが使えない状況では別の手段を考慮しなければならない.我々のアプローチ法については後述する.

4. 挿管困難症における鎮静・鎮痛について

挿管困難症例における鎮静・麻酔は原則的には必要最小限に留めなければならない.鎮静薬や麻酔薬の過量は患者の呼吸を停止させ患者を危地に追いやることになるからである.使用する場合にはごく少量ずつを時間をかけながら投与する.一方,患者の苦痛を軽減するためにしっかりと表面麻酔を行なうことが大切である.表面麻酔の効果が良好である場合,鎮静薬はほとんど不用となり安全性も向上する.
挿管困難が予想された症例における鎮静方法に関しては参考文献1を参照して頂きたい.

4. 声帯よりも口側に問題がある症例の対応

いわゆる狭い意味での挿管困難症に対する対応だが,大きなポイントはラリンゲルマスクやフェイスマスクなどを用いて補助呼吸ないしは調節呼吸が可能かどうかという点である.補助呼吸もできない場合には自発呼吸を残した意識下挿管を試みるしかなく,逆行性挿管を除き気管支ファイバ−スコ−プをガイドとした気管内挿管しか選択の余地がない.また開口不能の症例でも経鼻で気管支ファイバ−スコ−プをガイドとした気管挿管が唯一の選択となる.
この方法で不成功の場合には気管切開を選択するかもしくは麻酔をあきらめ手術を延期するかの二者択一となる.
中止は気管内チュ−ブが通る程度の開口が可能である症例でのアプロ−チである.


  1. 我々は挿管困難が予想された場合でも特別な理由がない限り,意識消失を得た後に挿管するようにしている.これはASAのDifficult Airwayアルゴリズムからは外れているが,これが唯一のものである訳ではなく適切と考えられる戦略はいくつもある.持っている技術と道具によって戦略が異なるのは当然のことである.従来,意識下挿管すべきと言われているその理由は「意識を残すこと」にあるのではなく「自発呼吸を残すこと」にある.現在使用されているプロポフォールやセボフルランなどの全身麻酔は意識消失が得られる濃度やそれを超える濃度でも単独で使用した場合には自発呼吸は残存する.急速に投与した場合には一時的に呼吸停止を来すこともあるが,ちょっとした刺激で自発呼吸は再開される.プロポフォールの場合TCIポンプを用いて徐々に濃度を上げれば意識消失後も自発呼吸は残存する.注意すべきは舌根沈下に伴う上気道閉塞であり,これに対しては経口エアウェイや経鼻エアウェイを用いれば対処可能である.エアウェイの重要性を認識して頂きたい.フェイスマスクによる補助呼吸を試みて,可能であれば調節呼吸への移行を試みる.
  2. 調節呼吸に移行できればビデオ喉頭鏡を使用した経口挿管もしくはFOBガイド下挿管を試みる.我々は調節呼吸に移行できた段階でロクロニウム0.4-0.5mg/kg程度を使用しているが,原則として筋弛緩薬の使用には慎重を来すべきである.
  3. 調節呼吸への移行が難しいようであればある程度までの鎮静に止め,自発呼吸を残したままでJackson式噴霧器などを使用してしっかりと表面麻酔をおこない気管支ファイバ−スコ−プをガイドとした気管挿管を試みる.

○経鼻挿管時の鼻腔内の消毒・麻酔・止血
経鼻挿管を行なう場合には,我々は4%リドカインと50倍希釈したポピドンヨードおよびアドレナリンを20ml:20ml:1mlで混合した溶液を喉頭検綿子に浸して鼻腔内の麻酔・消毒・止血を兼ねて行なっている.また気管チューブを無理に挿入するとチューブが粘膜内へ迷入する危険があるので胃管やFOBを予め挿入しておいて,これをガイドにして挿入を試みるとよい.


5. FOBを用いた気管挿管法

FOBガイド下の気管挿管でのFOBの操作法の詳細に関しては別項を参照して頂きたい.

5-1. 意識下(自発呼吸下)に行う場合

マスク換気が困難な症例や開口が全くできない症例では,FOBをガイドとした方法が第1選択となる.まず適度に鎮静させた後,鼻腔内の消毒・麻酔・止血を行う.
次に,FOBによる誘導方法であるが2通りの方法がある.

  1. 気管内チューブを先に鼻から通して咽頭腔まで先端を持っていっておき,そこからFOBを気管内まで導く.最後に気管内チューブを気管内まで進める.
  2. FOBを気管チューブに通しておきFOBのみを鼻から挿入して気管内まで導きその後気管内チューブを鼻から気管内まで進める.

1. の方法の利点はオリエンテーションがつけ易いことである.成人の場合15cm程度のところまで挿入しておくとよい.深く入れすぎてしまうと逆にオリエンテーションが付けにくくなる.欠点は気管内チューブ挿入時に鼻出血させる危険があり,この場合気管内への誘導が難しくなってしまう.
2. の方法では鼻出血は起こらないがFOBが気管内まで誘導できても気管内チューブが鼻腔を通らない危険性がある.どちらも一長一短はあるが我々は通常1. の方法を取っている.

3-2. 調節呼吸下に行う方法

不幸にして全身麻酔の導入の導入後に挿管困難が発覚した場合にはそのままでFOBガイド下に挿管操作を行う場合もある.FOBの操作に熟練していれば20-30秒程度で挿管することも可能であるが,熟練していない場合にはエンドスコピックマスクなどの特殊な用具を用いて介助者にマスク換気を行いながらFOBを操作することになる.ここで有用な呼吸補助手段として以下の方法がある.患者の口ともう一方の鼻孔を押さえながら,気管チューブにスワイベルアダプターを付ければ補助呼吸もしくは調節呼吸下にFOBの操作を行うことができる.チューブがエアウェイの役割を果たし舌根を支えるためほとんど症例で容易に換気が行える.換気を行いながらFOBの操作が行えるため時間の制約がなく落ち着いてFOBの操作が行える.
こういった症例では開口が全く不能であることはまず考えられない(そのような場合には挿管困難であることは導入前から明白である).我々は現在ではこのような症例にはすべて経口のFOBガイド下挿管を行っている.

6. 各種ビデオ喉頭鏡の使用

エアウェイスコープやMcGRATH,C-Macなどのビデオ喉頭鏡が普及している今日では,予期しない挿管困難のほとんどはこれで解決できると思われる.かつてのようにFOBガイド下挿管を要する確率は非常に低くなっていると言える.しかしながら当初から挿管困難が予測されていた症例ではこれらのビデオ喉頭鏡では対処できないことも多い.何故ならこれらのビデオ喉頭鏡は通常の気管挿管をより簡単に誰にでも行えることを目的に作られているからである.

7. 挿管困難対応の喉頭鏡の使用(Bullard型喉頭鏡,GlideScope)

Bullard型喉頭鏡はファイバ−スコ−プを備えた喉頭鏡であり気管内チュ−ブが通過できる程度の開口が可能であればかなり高確率で挿管が可能である.
使用上注意すべき点は基本的には調節呼吸下の患者に用いるべきで,できるだけ筋弛緩薬を使用した状態で用いた方がよい.患者にチュ−ブやブレ−ドを噛まれてしまうと操作がほとんど不可能となるからである.また,出血に対してはFOBに劣る.これはファイバ−先端に血液や分泌物が付着した場合の対処が難しいからである.
我々はBullard型喉頭鏡を使用しての気管挿管にはスパイラルチュ−ブを用いている.チュ−ブ先端のベベルは通常の挿管の時とは反対に左側を向くようにしておく.また,キシロカインゼリ−は用いないようにしている.これはファイバ−先端が曇らないようにする配慮である.この他できるだけ専用の光源を用いた方が明るくて視野もよい.
Bullard型喉頭鏡を口腔内に挿入する際にはブレ−ドを正中から持っていく.通常のマッキントッシュ型喉頭鏡を使用する場合と異なり舌をよけない.ブレ−ドを咽頭後壁に押し付けるようにしながら進め喉頭蓋を確認したらこれをブレ−ド先端で引っ掛けるように操作しながら喉頭鏡全体を持ち上げるように操作すると喉頭展開され声帯が目前に見えるようになる.あとはチュ−ブを操作し挿管すればよい.ビデオ喉頭鏡の普及した現在でも術前から開口不全が判明しているような症例ではBullard型喉頭鏡に理があると筆者は考えている.

GlideScopeも挿管困難に対応するために開発されたビデオ喉頭鏡である.こちらも術前から挿管困難が予測されたように症例にも適応できる器具である.

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[図3] 挿管困難症例に対応した特殊喉頭鏡

8. その他の方法について

 

我々が通常行なっている上記の方法以外にも以下に示す方法がある.前述のごとく,どの方法を採用するかは,各個人の手技の熟達度を考慮するとよい.
近年はビデオ喉頭鏡が普及し予期しない挿管困難のの大部分は対処できるようになっているが,小顎症などで気道のワーキングスペースが狭い場合には上手く挿管できないこともある.このような場合に最も有用な方法は経鼻挿管である.Cormack IIIまでなら喉頭鏡(McGRATHなでも可)で喉頭蓋を確認しながら気管チューブを喉頭蓋の下に持って行き,喉頭蓋に沿うように抵抗のないところへ進めれば多くの場合チューブは気管に入る.マギル鉗子で誘導しても良い.盲目的な挿管を行なった場合には呼気CO2で正しく気管に入ったかどうかを確認することが大切である.

  1. Eschmann tube introducerを使用する方法:英国ではこの方法は予期せぬ挿管困難症対策のfirst choiceに挙げられている.喉頭鏡での喉頭展開を試みても喉頭蓋しか見えない状態(Cormack III)の時にはかなり有用な方法である.ただし喉頭蓋が咽頭後壁から持ち上がってこないような場合(Cormack IIIb)では難しいことも多い.tube introducerを半盲目的に気管内に挿入し,これをガイドとしてチューブを進めるという方法であるが,気管内にintorducerがうまく入ったかどうかの判断はintroducerを進めていく時の手応えで行う.introducer先端が気管軟骨を擦っていく感触(hunping and dumping)が感じられればまず間違いなく気管内にうまく入っている.非常にシンプルな道具であるが,なかなか有用な道具であると考えている.
  2. ラリンゲルマスクを使用する方法:あらかじめスリットを切除したラリンゲルマスクを挿入し,気管支ファイバースコープのガイド下にチューブチェンジャーを気管に挿入する.ラリンゲルマスクを抜去してチューブチェンジャにチューブガイドを通し、これをガイドとして気管内チューブを挿管する.ただしこの方法はある調節呼吸まで行なえる開口可能な症例に限定される.AirQやILM(intubating lanyngeal mask)を使用する方法もある.
  3. 盲目的経鼻挿管法(エンドトロ−ルチュ−ブ使用):現在では忘れられた技術と言えるだろう.適度の鎮静を効かせておき,経鼻で気管内チューブを通して呼吸音を頼りに患者の吸気に合わせてチューブを進め挿管する.患者に最大限の呼出を行なわせその後の吸気時にチューブを進めるようにするとよい.ある程度開口可能なばあいにはマギル鉗子による誘導を行なってもよい.
  4. 半盲目的経鼻挿管法:喉頭蓋がかろうじて見えるかどうかの患者ではマッキントッシュ型喉頭鏡で手ごたえを頼りに経口挿管を試みる方法やマギル鉗子で半盲目的に経鼻挿管する方法がある.
  5. トラキライトを使用する方法:トラキライトはライト付きのスタイレットであり,声帯を直接観察せずに皮膚を通して見える光の方向をたよりに挿管を行う道具である.残念ながらこの器具は現在入手不能になっている.
  6. ファイバースタイレットを使用する方法:基本的にはファイバースコープに近いものである.吸引ができないのが難点である.
  7. 逆行性挿管法:マスク換気が困難な症例では通常気管支ファイバースコープを用いた気管挿管を行うが,気管支ファイバースコープが手もとにない場合や気管支ファイバースコープをガイドとした挿管がなんらかの原因でできない場合にはこの方法を考慮する.まず,硬膜外麻酔用のtuohy針を輪状・甲状靭帯より穿刺しこの中を硬膜外カテーテルを通して口から出す.一方鼻からネラトンカテーテルを通してこれも口から出す.この二つを結紮しネラトンカテーテルを鼻から抜いて硬膜外カテーテルが鼻から出るようにする.次にMurphy側孔の付いた気管内チューブを用意し,このMurphy孔に硬膜外カテーテルを通してこれをガイドにして気管内挿管を行う.

気管支ファイバ−スコ−プやビデオ喉頭鏡のない場合にはこれらの方法も一つの手段である.またこのような状況下では逆行性挿管法を選択せざるをえない場合もあると考えられる.ただし,盲目的・半盲目的挿管方法は気管支ファイバ−スコ−プやビデオ喉頭鏡を利用した方法に比べ成功率や安全性で劣り,また不成功であった場合には出血や浮腫を残し後者の方法を難しくするため後者の方法が選択できない場合にのみ試みるべき手技である.

9. 気道確保において注意すべき病態

気管までの気道の中で狭い部位は声門と咽頭である.声門に病変がある場合には挿管以前にマスク換気が困難になることもあり,注意が必要である.特に喉頭浮腫には注意しておく必要がある.図2に正常の喉頭(a)および軽度の喉頭浮腫(b),高度の喉頭浮腫(c)の像を示す.この写真の光景をよく覚えておいて頂きたい.喉頭浮腫では仮声帯に浮腫が生じて声帯を隠すのである.知っていなければ喉頭展開できても声門の位置がわからず挿管できないという事態が生じる.声帯そのものは見えなくても浮腫が生じているだけで場所さえ分かっていれば気管チューブを挿入することは可能である.もちろんFOBも挿入できる.声門がある場所にFOBを進めればやがて気管内に入ると気管軟骨輪が確認できる.

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[図4] 喉頭浮腫の像

もう1つは舌扁桃肥大である.残念ながら舌扁桃肥大は術前に把握することが難しい.舌扁桃肥大があると喉頭蓋が咽頭後壁に押し付けられて翻転せず,FOBガイド下挿管を困難にする.経験的には関節リュウマチ患者に多い印象がある.下顎挙上が可能である場合にはこれによって喉頭蓋をいくらか持ち上げることが可能であるが,後屈困難などで下顎挙上が行えない場合には挿管に難渋する.このような場合にはFOBガイド下挿管の項で解説したDAMS Tulip-iなどの器具を用いるのが良いと筆者は考えている.

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[図5] 舌扁桃肥大

 


  1. 萩平 哲.意識下挿管に有用な鎮静法.LiSA, 2007;13(2)
  2. 谷上 博信,井浦 晃.舌癌:開口障害,後屈困難の気道確保にはVFNI法を.LiSA 2012;19(3):306-11
  3. 中江 文,萩平 哲,高階 雅紀,真下 節.経口ファイバースコープガイド下挿管のトレーニング方法について.麻酔,2007; 56(6):728-31.
  4. 萩平 哲.気道の確保と挿管困難症(1)気道確保に必要な解剖.日臨麻会誌 2014;43(3):433-8.